私の大事な物

”この世で一番大切な物は何?”って聞かれたらなんて答える?
あたしはなんて言うやろ? やっぱ家族と友達って言うやろうな。
まだ、法的には家族じゃないけど ジョンは私の側近の家族。
そして、日本の家族、地元の友達、このうち誰が一番大事かって聞かれても
答えは出ないな、みんな同じぐらい私にとって大切な人やもん。
このみんなのおかげて 今のあたしという人間がこの世に居るんやもん。

自分の家族から遠く離れて暮らしていると、ほんとに彼らのありがたみを
心から感じる。日本に居たころはまだ 高校生、家に帰れば 食べるものは
あるし、自分だけの心地いいスペースもある、心配する事っていったら
自分の将来の事、留学への不安、ちゃんと勉強ついてけるかとか
友達できるかなぁとか。家族の心配なんてあんまりした事なかった気がする。
アメリカで暮らしはじめても もちろん自分の事でいつも精いっぱい、
でも家族の事を考えるようになった、彼らに感謝する気持ち
が大きくなった。今の”私”は彼らがいたから、あるんや、私は
彼らなしでは私じゃないんや って気がつくようになった。

子どもの頃 あたしは ”私は世界で一番不幸な子どもや!”って信じてた。
ひどい喘息で 自由に遊べなかったし、アトピーで醜かった。
父親は事ある毎に母に暴力を振るっていたし、そんなに裕福じゃなかった
からいつも友達が持っているおもちゃをうらやましく思ったっけ。
”違うお父さんが欲しい、そしたら私は幸せになれる”って何度となく
思った。アメリカに渡るまで 父の事を心から許してなかった。
でも今は違う、中学、高校の頃 父から繰り返しいわれた言葉たちは
今の私のパワーとなっている。
”十代後半から二十代に 何をするかで人生は大きく違ってくる、
自分の信じた事をがんばれ”
”他の人がうらやましかったら 歯を食いしばって、他の人がやってない
事をしろ”
この二つの言葉は常に私の中にある。

留学中 周りの留学生仲間にはお金持ちの子が多かった。
そんな中 私は 裕福とは程遠い家庭から来ていて 親からは授業料と
少しの生活費を出してもらうので精いっぱい。親は”お金の事は心配するな”
と何度となく言ったけど 彼らに迷惑はかけたくなかった、私がやりたい事
をしてるせいで、彼らのやりたい事を奪うのは嫌だった。
英語が大分話せるようになるとすぐに学校内でバイトを始めた。
留学生が働けるリミット、週19時間私は働いた。勉強も、家庭もあって
本当に大変だった けど 私は成長した。自分でも驚くほど強くなった。
これも父の言葉を信じたから、 私だって他の留学生がうらやましかった。
親に買ってもらったいい車に乗って いいアパートに住んで、
お洒落な服着て、お洒落な靴履いて そしてお客として私のレジに来る。
私には自分が働くカフェで買い物をするお金もなかった。バイトで
稼いだ お金は全部生活費と消えていった。

でも私には お金はなくても、”幸せを感じる心”があった。
これは お兄ちゃんがくれた言葉

”幸せを手に入れるんじゃなくて 幸せを感じる心を手に入れるんじゃ”

そう、 私はその心を手に入れた。


世界で一番大切な物は ”幸せを感じる心”なのかもしれない......



(7/7/02)


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